最近、
書籍を書いたことで
自分の人生を
ゆっくり振り返る時間がありました。
いじめや挫折
旅や出会い
家族との暮らし。
点と点だった出来事が
ようやく線になり
今の自分を
少しだけ理解できた気がしました。
そんな時、
ふと自分の原点を見てみたい
そんな気持ちが湧いてきました。
向かったのは長野県・蓼科。
僕が子どものころ
両親の勤務先の保養施設があり
何度も訪れた場所です。
成人してからも
蓼科を訪れることはありましたが
その保養施設には
もう20〜30年ほど
足を運んでいませんでした。
今回は、
日本に娘ひとりだけを連れてきており
少し自由な時間もあったので
一緒に行ってみようと
ふと思い立ちました。
現地に着いてみると
保養施設は
すでに取り壊されていました。
聞けば 解体されたのは
10年以上も前のことだそうです。
ただの更地になった風景を見て
しばらく言葉が出ませんでした。
でも、
その静けさに
どこか納得している自分もいました。
東京にも
僕にとっての記憶の場所があります。
文京区・春日駅の近くにあった
銭湯「菊水湯」。
湯船が2つあり
片方は下町風の熱い湯。
僕はいつも、もう片方の
茶色い漢方風呂に入っていました。
熱すぎないその湯に浸かりながら
水色に塗られた高い天井を
ぼーっと見上げていたのを覚えています。
「仕事大変だな」
とか
「この先、どうなるんだろう」
なんてことを考えながら
あの空間で
心を落ち着けていました。
近代的なスーパー銭湯より
少し古くて
木の匂いがするような銭湯が好きでした。
数年前、
久しぶりに
東京に行ったついでに
その銭湯に立ち寄ろうとしたら
そこには
新しいマンションが建っていました。
正直ショックでした。
けれどどこか納得していたのも事実です。
そのとき頭の中に
Mr.Childrenの「東京」という曲の
こんな一節が流れました。
「思い出がいっぱい詰まった景色だって
また破壊されるから
執着しないようにしてる。」
本当にそうだなと思いました。
思い出に執着しすぎると
それが壊れたとき
心まで崩れてしまう。
でも、
消えゆくものがあるからこそ
今ある時間を
大切にできるのかもしれません。
娘と訪れた蓼科の湖や森では
ソフィアが大自然の中ではしゃぎ
「パパ!」と笑顔で
何度も抱きついてきました。
その瞬間
今しかないなと思いました。
僕はきっと
ワガママな子どもでした。
まわりと同じことができず
なんでとすぐに聞いてしまう
少し扱いづらいタイプだったと思います。
そんな僕を
両親は否定せず 見守ってくれていました。
今、娘を育てる中で
そのありがたみを
じわじわと感じています。
仕事や家事など
忙しい日常の中で子育てをすることは
本当に大変です。
毎日が慌ただしく過ぎていくなかで
自分のことは後回し。
思い通りにならないことの連続です。
でも、
だからこそ
ふとした笑顔や
何気ない会話のひとつひとつが
かけがえのない宝物のように感じられるのです。
蓼科の新鮮な空気は
30年前と何ひとつ変わっていませんでした。
ソフィアがぽつりと
「また来ようね」と言った言葉が
ずっと胸に残っています。
建物は壊れ
景色は変わっても
心に残る風景は消えません。
旅とは
ただの移動ではなく
心に何かを残していく時間なのだと
あらためて感じました。
結局すべてはいつか消えていきます。
思い出の場所も
人も風景も。
だからこそ、
今という時間を
しっかりと焼きつけていきたいと思います。
書籍にも書いたことですが
小中学校の親友だった
グエンのルーツを知りたくて
ベトナムを訪れたことがあります。
当時の僕はただ
彼の故郷を見てみたい
そんな想いでベトナムへ飛びました。
そこでまさか
今の妻と出会うとは
思ってもいませんでした。
あの旅がなければ
今の自分はいないと思います。
自分自身のルーツを辿ること。
そして、
大切な人の過去をたどること。
そこには
偶然を超えた意味が
きっとある気がします。
正直に言えば、
自分探しの旅や
将来の夢を語ったときに
馬鹿にされたこともありました。
笑われたこともありますし
そんなの意味ない
現実を見ろよって
言われたこともあります。
でも僕は
そういった声に負けずに
自分の想いを大事にしてきました。
誰に笑われてもいい。
自分自身が納得して
生きていけることのほうが
ずっと大事だと思っています。
だからこれからも
自分なりに「自分探しの旅」を
続けていきたいと思っています。
心の声を聞くこと。
知らない風景に触れること。
ルーツをたどること。
そのひとつひとつが
未来の自分を
つくってくれるはずだから。